DCF法の永久成長率 ~ GDP成長率やインフレ率を適用すべきか?

DCF法の永久成長モデル(PGRモデル)の考え方

まず、DCF法によるバリュエーションの考え方をおさらいしておきましょう。

用語の確認|PGR、UFCF、WACC、EV

PGRとは、永久成長率のことです。英語表記 "Perpetuity Growth Rate" の頭文字をとったものです。DCF法のうち、永久成長率を用いて継続価値を計算する方法を「永久成長モデル」または「PGRモデル」と呼びます。

UFCFとは、アンレバード・フリーキャッシュフロー(Unlevered Free Cash Flow)の頭文字です。DCF法で使用するキャッシュフローは、金融資産や金融負債の影響を取り除いたUFCFです。

WACCとは、加重平均資本コストのことです。英語表記 "Weighted Average Cost of Capital" の頭文字をとったものです。DCF法では、キャッシュフローの現在の価値を求めます。

EVとは、事業価値のことです。英語表記 "Enterprise Value" の頭文字です。事業価値は、企業の経済的価値のうち、事業に帰属する部分のことです。

いずれも、詳しくは財務モデリング講座にて解説しています。

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DCF法の理論的な考え方

理論上のDCF法では、永久期間のUFCFの現在価値の和が、事業価値であると考えます。

永久期間で評価していますから、1万年後のUFCFの価値も考慮していることになります。

DCF法の現実的な考え方

理論的には、確かに永久期間のUFCFを評価しています。

しかし、現実的には、永久期間といっても数千年後のことは考慮していません。

割引率が8.0%のとき、300年後の1億円の現在価値は1円未満ですし、100年後の1億円ですら現在価値は4.5万円にすぎません。

したがって、現実的に考えると、DCF法は今後100年間くらいのUFCFの価値しか考慮していないといえます。

まとめると、次のようになります。

  • 理論的な計算式: EV = 未来永劫のUFCFの現在価値の和
  • 現実的な計算式: EV = 今後100年間くらいのUFCFの現在価値の和

永久成長率 PGR は、何年後の成長率なのか

現実的なDCF法の考え方に基づくと、101年後以降のUFCFについては、いくらであろうとほとんど事業価値に影響を与えません。

評価対象のUFCFを100年間に限定し、予想期間を10年だと仮定すると、次のように整理することができます。

  • 1年後から10年後の成長率 = 個別に予想
  • 11年後から100年後の成長率 = 常にPGRだと仮定
UFCFの成長率のイメージ

PGRにGDP成長率を使うべきか?

企業金融の教科書では、確かに、PGRにはGDP成長率を適用すると書かれていることが多いです。

このため、学習者の方から「PGRはGDP成長率でよいのか」というご質問をいただくことは多いです。

結論から言うと、PGRとGDP成長率とは必ずしも一致しません

評価対象企業の11年後の成長率は、GDP成長率なのか?

先ほどの「現実的な」DCFバリュエーションを踏まえると、この質問をもう少し具体化することができるはずです。

評価対象企業をA社とすると、先ほどのご質問は次のように書き換えられます。

  • A社の11年後から100年後のUFCF成長率は、GDP成長率と一致するのか?

もっと言えば、PGRモデルでは、11年後から100年後までのUFCF成長率が毎年PGRになるという仮定をしているわけですから、次のように考えられます。

  • A社の11年後のUFCF成長率は、GDP成長率と一致するのか?

この質問であれば、学習段階の方でも回答できるのではないでしょうか。

もちろん、答えはNOです。

永久成長率はインフレ率と一致するのか?

質問の対象がGDP成長率からインフレ率に変わったとしても、考え方は同じです。

現実的・具体的に考えると、この質問は11年後のUFCF成長率がインフレ率と一致するのかという質問ですから、ほとんどの企業において答えはNOでしょう。

永久成長率の具体的な予想方法

ここまで解説すればご理解いただけていると思いますが、PGRを予想するときは、11年後のUFCF成長率を予想すればよいわけです。

難しく考える必要はありません。

10年後のUFCF成長率が3%なのであれば、11年後のUFCF成長率は、3%よりも少しだけ低い水準になると考えるのが妥当でしょう。

10年後のUFCF成長率が15%の場合、PGRは15%弱になるのか

急成長企業のバリュエーションの場合は、予想期間の最終年のUFCF成長率が2桁%になっている場合もあると思います。

このような場合において、理論に忠実な回答としては、予想期間が短すぎるので伸ばすべきですというものになるでしょう。

実際、実務上では30年程度の予想期間を確保することもあります。

しかし、そうはいっても何十年分も予想財務3表を作成するのは大変ですから(そして予想も雑になってしまいます)、予想期間の最終年のUFCF成長率を踏まえつつ、現実的な水準のPGRを考えるとよいでしょう。

PGRは、11年後のUFCF成長率であると同時に、50年後や100年後のUFCF成長率でもあるわけです。

金融理論と金融実務の違い

ここまでの説明で見てきたとおり、金融の教科書に書いてある「一般的に、永久成長率にはGDP成長率やインフレ率を使用する」という説明が、現実的には間違いであることがわかります。

そもそも、すべての企業の永久成長率が同じになるということ自体がおかしいのです。

当然のことですが、成長産業のPGRは、衰退産業のPGRよりも高くなるはずです。

このように、教科書に書いてある記述は、抽象化されすぎていて現実には起こりえない状態を仮定していることが多いです。

企業金融の教科書には、高校の物理学における「ただし、空気抵抗はないものとする」のような注釈が、暗黙の裡に入っているのです。

金融理論と金融実務はあくまで別物だと考えましょう。

教科書を読むときは、現実ではどう考えるのが正しいのだろうかと自問しながら学習するのがおすすめです。