SOTPのメリットとデメリット|サム・オブ・ザ・パーツによる企業価値評価
日経新聞の記事で話題になっていたので説明します。
サム・オブ・ザ・パーツとは何か
サム・オブ・ザ・パーツ(Sum of the Parts, SOTPと省略されることが多い)とは、企業価値評価の考え方の1つです。サム・オブ・ザ・パーツ(SOTP)は、事業ごとの価値を算定したうえで、それらを合計することにより、会社全体の価値を求めるという考え方です。
- 全社の事業価値 = A事業の価値 + B事業の価値 + C事業の価値
SOTPという用語に、事業ごとの価値をどう求めるかという意味合いは含まれておりません。
そのため、各事業の価値をDCF法などのインカム・アプローチで求めることもあれば、類似企業比較法などのマーケット・アプローチで求めることもあります。その組み合わせもあります。A事業はDCF法、B事業は類似企業比較法といった感じです。
なお、エス・オー・ティー・ピーであって、STOP(ストップ)ではない点に注意しましょう。
SOTPには、異なる性質の事業を評価しやすいというメリットがある
例えば、製造業の会社が、金融事業を行っているとします。トヨタ自動車をイメージすると分かりやすいと思います。
トヨタ自動車が何の会社かと聞かれたら、間違いなく自動車メーカーだと言えるでしょう。しかし、トヨタ自動車は自動車ローンや自動車保険の事業(金融事業)も行っています。
製造業における仕入や販売の流れと、金融業における調達と貸付の流れは全く異なるので、全社のキャッシュフローをまとめて評価するのは妥当ではありません。
また、DCF法によって評価を行う場合、アンレバード・フリーキャッシュフロー(UFCF)を参照する都合上、金利による収入が丸ごと事業価値から抜け落ちてしまいます。[1] … Continue reading
このため、自動車事業の部分はDCF法でバリュエーションし、金融事業の部分は配当割引モデルでバリュエーションする、といった工夫が必要になります。
- 自動車事業の株式価値 = DCF法に基づく自動車事業の事業価値 - 自動車事業にかかる純有利子負債
- 金融事業の株式価値 = 割引配当モデルに基づく金融事業の株式価値
- トヨタ自動車の株式価値 = 自動車事業の株式価値 + 金融事業の株式価値
SOTPには、複雑で時間がかかりすぎるというデメリットがある
自動車事業と金融事業くらいの大きな違いがあれば、確かにSOTPで株式価値を評価するのが妥当だといえるかもしれません。
しかし、細かく分けすぎるとどうでしょうか。
- 乗用車の事業とトラック事業は、厳密には異なる事業である
- 国内の乗用車と北米での乗用車では、サプライチェーンなどのリスクが異なる
- よって、トヨタ自動車の価値 = 国内乗用車事業の価値 + 国内トラック事業の価値 + 北米 + 欧州 + ・・・
このように細かく分けていくと、単純に時間がかかりすぎてしまいますし、計算過程でのミスも多くなりますから、有意義な価値評価になるとは考えづらいです。
SOTPによる価値算定は、事業を2つに分割すれば約2倍、事業を3つに分化す釣れば約3倍の労力がかかります。
実務で求められるような、きちんとしたバリュエーション・モデルをいくつも作成するのは、実務家にとっても決して容易なことではありません。
SOTPを用いたとしても、業績予想は難しい
「財務モデリングにおいて、第三者が正確な業績予想をできるのか」のコラムでも説明しましたが、長期間にわたって正確な業績予想を行うことは、それ自体が相当に難しいです。
各事業に分解して、各事業のリスクその他を考慮して予想を行ったところで、本当に正確性が向上するのかはかなり怪しいといえます。
財務モデリングや企業価値評価は、あくまで企業をデフォルメしつつ、企業の特徴を捉えて評価するものだと言えます。厳密な予想をすることは目的ではありませんし、そもそも不可能だと言ってよいでしょう。
このため、SOTPを採用するときは、その労力と効果のバランスをよく考えて、最低限の分割数に留めておくほうが実践的だと思われます。
金融実務におけるSOTP:意義が薄いのではないか
財務アドバイザー(FA)の実務においても、SOTPを使って企業価値評価を行うことはあります。
特に、重要な事業・重要な子会社については切り出して評価するというケースは珍しくありません。
しかしながら、SOTPでのバリュエーションには時間がかかります。バリュエーション以外にもいろんな仕事がある中で、バリュエーションにどれだけ工数をかけるのかという問題が生じます。
仕事をしている感を出すためにやっているという批判
ときおり、SOTPは「投資銀行などが、仕事をしている感を出すためにやっているだけではないか。SOTPには意味がないのではないか。」といった批判を見かけます。
しかし、この批判は的外れです。前述のとおり、SOTPでの評価は、実務家にとっても非常に大変なものです。はっきり言って割に合わないので、実務家はできればやりたくないと思っています。
SOTPでの価値評価を行いたいと思っているのは、どちらかという顧客側であり、投資銀行は顧客の要望に基づいてSOTPを採用しているといった状態だと思われます。
もっとも、前述のトヨタ自動車のように、製造業と金融業を分けるくらいであれば十分に有意義ですし、実務上も行われています。
ただ、投資銀行側が積極的に細分化しようとすることはほぼなく、そもそも一定以上に細かくしても得られる示唆は増えないと考えている人が多いと思います。
SOTPによるコングロマリット・ディスカウントの測定
実務的な論点というよりは、理論的な論点ですが、SOTPによってコングロマリット・ディスカウントを考えることがあります。
- コングロマリット・ディスカウント =(A事業の株式価値 + B事業の株式価値 + C事業の株式価値)- X社の時価総額
各事業の株式価値の合計から、全社の時価総額を減算すると、その差額がコングロマリット・ディスカウントになるという仮説です。
確かに、理屈としてはそうなるのですが、企業の時価総額はそう単純には決まっておらず、上記の式でコングロマリット・ディスカウントを求められると考えるのは言いすぎだと思います。
もっとも、コングロマリット・ディスカウントの大きさを考える目安くらいにはなるでしょう。
明確なディスカウントを発見できるケース「パソナとベネワン」
一方で、どう考えても株式価値と時価総額が一致せず、ディスカウントされていると考えざるを得ないケースもあります。
有名な事例としては、パソナグループがあります。
パソナグループは、福利厚生サービスのベネフィット・ワンの株式を約50%保有しています。[2] … Continue reading
パソナグループの時価総額は約1,500億円であり、ベネフィット・ワンの時価総額は約9,000億円です[3]2021年11月時点。。パソナグループをSOTPで考えると、次のようになります。
- パソナグループの価値 = ベネフィット・ワン株式の価値 + それ以外の部分の価値
- パソナグループの時価総額(1,500億円)= ベネフィット・ワン株式(約4,500億円)+ それ以外の部分の価値(-3,000億円)
ベネフィット・ワンの時価総額が約9,000億円ですから、ベネフィット・ワンの株式50%分だけで4,500億円の価値があるはずです。
しかし、パソナグループの時価総額は1,500億円しかなく、これではその他の部分の価値がマイナス3,000億円だということになってしまいます。パソナグループは、ベネフィット・ワン以外の事業でもきちんと収益と利益をあげており、とてもマイナス3,000億円の価値であると考えることはできません。
このようなときに、ディスカウントがあると判断できるのです。
このようなディスカウントが生じる理由は、必ずしもコングロマリット・ディスカウントが原因ではありませんが、何らかのディスカウントがあるということはSOTPによって説明することができます。[4]パソナグループの場合は割引現在価値の考え方である程度説明ができますが、この記事の本題からは逸れるので省略します。
SOTPのメリット・デメリットまとめ
このように、SOTPには「大きく異なる事業を持つ企業を合理的に評価できる」というメリットがあります。ほかの手法では実現しづらいことですので、SOTPにメリットがあることは間違いありません。
一方で、とりあえず使えばよいというわけではありません。
時間の浪費につながったり、複雑なぶんだけミスの増加につながりやすかったりと、デメリットがあることも理解すべきでしょう。ここぞというときに、必要最低限の分割数で適用するのが上手な使い方だといえると思います。
脚注
1 | アンレバード・フリーキャッシュフロー(UFCF)では、支払利息前のキャッシュフローを評価対象としています。詳しくは「第十四講 アンレバード・フリーキャッシュフロー」を参照。 |
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2 | 2024年5月に、ベネフィット・ワンは第一生命ホールディングスに買収されました。かねてよりディスカウント(価値の過小評価)を受けていた事業が、その解消などのために売却されたということになります。 |
3 | 2021年11月時点。 |
4 | パソナグループの場合は割引現在価値の考え方である程度説明ができますが、この記事の本題からは逸れるので省略します。 |