残余利益モデルの理論における自己資本と株主資本コストについて【質問箱】

別の場所に投稿していたものを少し簡単に書き直しました。

ご質問:残余利益モデルの計算は自己資本より時価総額を使うべきでは?

残余利益モデルの計算式として、残余利益 = 純利益 - 自己資本 × 株主資本コストとありましたが、自己資本に株主資本コストを乗算するところで引っかかってしまいました。

株主資本コストは算出方法こそCAPMを筆頭に様々あると思いますが、あくまでも大きな概念としては期待収益率 = 期待収益 ÷ 投資額(= 投資時点の株価)になるという理解です。この理解を踏まえると、残余利益 = 純利益 - 時価総額 × 株主資本コストのほうが正確ではないでしょうか。

教科書的な書籍でも簿価を使う式が示されていますし理論的にはそちらの方が正しいのだろうと思いつつ、なかなか納得できないでいます。解説していただけると嬉しいです!

"Peing" - 一部修正

非常に良い質問だと思います。

結論:残余利益モデルで使うのは自己資本でよい

いただいたご質問の本質は、株主資本コストに対応するのは自己資本ではなく時価総額ではないかというものだと思います。

この指摘自体は正しいです。しかし、元の論文を確認してみると自己資本を使うのは所与であり、自己資本に対応する割引率は何かという問いがあるべき問いのようです。

Ohlsonの論文を読んでみる

Earnings, Book Values, and Dividends in Equity Valuation (Ohlson, 1995)

残余利益モデルは、米国の会計学者のJames A. Ohlsonが提唱したバリュエーションの考え方です。見出しの論文で解説しています。

この論文を読んでいくと、もともとのテーマはバリュエーションを行うことではなく、バリュエーションの考え方を介して、利益・自己資本・配当の関係性を紐解くことであったようです。

論文の大部分は、クリーン・サープラス[1] … Continue readingやモジリアーニ・ミラー理論(MM理論)についての議論です。クリーン・サープラスを仮定すると、配当は純資産を減少を介して残余利益を増やすのだといった内容が書かれています。

実務的なバリュエーションの議論は行われていません。残余利益に適用すべき割引率についても、"Cost of capital" や "charge for the use of capital" という書き方になっています。具体的な計算方法には触れられておらず、CAPMなどの議論もされていません。証明の計算式に使われているのはリスクフリー・レートです。

バリュエーションについての議論としては、ROE>株主資本 ⇔ 残余利益>0 ⇔ 時価総額>自己資本 といった議論が行われています。株主資本コストを上回るROEを稼ぎ出すことが、自己資本を上回る時価総額を生み出すための必要十分条件だということです。

また、残余利益モデルと配当割引モデルが数学的には同じであることの証明などが書かれています。

Ohlsonの論文に記載されている数式について

実際に論文に記載されている計算式は、こちらのものです。

株式価値 = 純利益 - (割引率 - 1) * 純資産

Ohlson "Earnings, Book Values, and Dividends in Equity Valuation" (1995) 日本語訳

少し整理すると見慣れた数式になると思います。株式価値 = 純資産 + (純利益 - 割引率 * 純資産)です。

この論文では割引率にリスクフリー・レートが使用されていますが、現代の一般的なバリュエーションでは、株主資本コストを使うと思います。

また、論文中では純資産と書かれていますが、実際の財務モデルで使うときは自己資本になります。子会社がないという仮定で議論されているのだと思います。子会社がなければ自己資本と純資産は一致します。

純資産・配当・純利益の関係性を示すことが重要

Ohlsonの論文では、残余利益モデルを使ったバリュエーションが主たる論点ではありません。あくまで純資産・配当・純利益がそれぞれどのように影響しあっているのかを紐解くことが論点になっています。

論文の言葉を借りながら残余利益モデルの数式を整理すると、次のようになります。

  • 株式価値 = 純資産 + 純利益 - "charge for the use of capital" * 純資産

Ohlsonは、残余利益モデルで株主資本コストを使うとは書いていません。

純資産の Charge of Use とは何か

ここで、当初のご質問に答えることができます。

ご質問は「株主資本コストに対応するのは時価総額ではないのか」というものでした。これ自体は仰るとおりです。しかし、論文を読んでみるとどうやら主語が逆になっています。つまり、自己資本の "charge of use" としてふさわしいのは何かを考えるべきなのです。

多くの投資家が残余利益モデルで株主資本コストを使っているのは、自己資本の "charge of use" として株主資本コストがふさわしいと考えられているからということになります。このいい方であれば、論理的な不整合は感じないでしょう。自己資本の "charge of use" として、株主資本コストは適切なものの1つだと思われます。

終わりに

このように、学術的な資料であっても、実際に計算するとしたらどんな数値を使うのかを考えながら読めば、バリュエーションに対する理解が深まるのではないかと思います。

ぜひいろんな勉強をしてみてください。

脚注

脚注
1 期首自己資本+純利益-配当=期末自己資本になるという仮定。財務モデリングでは自然との仮定を置いていますが、状況によってはこの式が成り立たないことがあります。