企業金融・M&A関連の書籍リスト

企業金融・M&Aに関する本のリストです。

金融関連の読書の全体像

まずは、決算書の読み方や基本的な知識を身に着けることが重要です。基礎知識がないと、M&Aの本を読んでも理解ができないためです。

難しい本を理解するのがゴールであると誤解されている方を多く見かけますが、少なくともM&Aの実務において、求められる理論的知識の水準は高くありません。数か月程度の学習で、十分に身につくレベルだと思います。言い換えると、M&Aの領域において、本で勉強できるのは序盤のごく一部だけだということになります。

実務においては、理論に関する基礎知識が頭に入っているという前提で、具体的にどうやって案件を進めるのかを考えます。案件の中では、金融の理論を追加で調べることはほとんどなく、過去事例や法規制などを調べながら、進行中の案件に適用できるものを探します。このため、M&Aの実務書は、金融の本というよりは法律の本であり、通読するための書籍ではなく調べるための辞書という位置づけになります。

この記事では、次の4ジャンルの本を紹介しています。

  • 基礎知識を身に着けるための本
  • M&A関連の読み物
  • 実務書(入門)
  • 実務書(実務)

1つ目は、いわゆる教科書です。「勉強をするための勉強」をするための本であり、深く考えずにさっさと読んだほうが良いと思います。

2つ目は、M&Aを題材とした、読み物として面白い本を紹介しています。いわゆる勉強ではありませんが、1つ目のジャンルよりも仕事に役に立つ側面もあるでしょう。

3つ目は、実際の業務について書かれた本です。実務経験者でなくても、ギリギリ読めるのではないかというラインを紹介しています。

4つ目は、実際に仕事をしている人たちが読んでいる本です。推奨しているのではなく、どういう本を読んでいるのかを紹介するという意味合いです。

1. 基礎知識を身に着けるための本

まずは、財務・金融についての初期的なインプットを行うための書籍を紹介します。

前述のとおり、企業金融の理論というのは、仕事を始める前にインプットしておくべきものです。したがって、金融理論の本は、ジャンル自体が初心者向けだといえます。予備知識は不要です。

財務3表一体理解法(朝日新書)

決算書の読み方についての入門書です。内容は薄く、この本を読んでも何かができるようになるわけではありません。しかしながら、予備知識を全く要求してこない本であるため、初学者が1冊目に読む本としては適しているといえます。

勉強をはじめるための勉強という位置づけですので、深く考えずに1日で読んでしまうのが良いと思います。

道具としてのファイナンス

企業金融の入門書です。経済学部では学部1年生が読む本であるため、難しくはなく、予備知識もほぼ不要です。企業金融の勉強をしたい人が1冊目に読む本として適しています。

ただし、初学者が1日で読める本ではありません。数日から1週間くらいかけて読むことになるでしょう。大学の講義でいえば、90分×12コマよりは短い期間で扱うのではないかと思います。

企業価値評価(マッキンゼー)

通称マッキンゼー本です。ハードカバーの上下巻であるため、圧を感じる装丁となっています。一方で、内容としては、学部レベルの教科書です。経済学部であれば、3年生上期のゼミで、半年くらいかけて上下巻を輪読するとか、そういう扱いを受ける書籍だと思います。私自身も、古いバージョンの本書を大学生のときに読んでいました。

読み物としては面白いものの、実務や投資に生かせるような内容ではないので、あくまで学術的な本と割り切って読むのがおすすめです。学術的な本であるため、仕事に使うために金融の勉強をされているのであれば、この本を読む優先順位は低いと思います。ただし、多くの人が一度は読んだことがあるという本ですので、共通言語として本書に書いてある内容を押さえておく、というのも1つの考え方だと思います。

コーポレートファイナンス(ジョナサン・バーク)

MBAの定番テキストらしいです。この手の「MBAの定番テキスト」には何種類かありますが、この本が最も事例や現実に即しているという印象です。内容的には難しい本ではないため、上記の「道具としてのファイナンス」の次に読むくらいがちょうどよいレベル感です。

ただし、大学のテキスト全般に言えることですが、大事なことが1回しか書かれていないため、数行でも読み飛ばすと、すぐに分からなくなってしまう恐れはあります。大学の教科書の読み方に慣れている人であれば、苦労せずに読めると思います。

コーポレートファイナンス 戦略と実践

実務家が執筆したテキストです。ジャンルとしては教科書だと思いますが、大学教授ではなく投資銀行の出身者が書いているので、いわゆる教科書よりは読みやすいと思います。予備知識は特に不要ですので、上記で紹介した「道具としてのファイナンス」の代わりに読むか、流し読みした後に本書に進むくらいの感覚でよいと思います。

世間での評判は高いものの、個人的には、絶賛されるほどのクオリティではないと思っています。学術的な知識が欲しいのなら、上記のバーク氏の「コーポレートファイナンス」のほうが適していますし、実務的なスキルが欲しいのなら、財務モデリングをやったほうが良いと思います。あくまで「読みやすい教科書」くらいの位置づけです。

2. M&A関連の読み物

続いて紹介するのは、M&Aの仕事の本です。勉強になるかどうかではなく、読み物として面白いかどうかで紹介しています。

金融知識がなくても読めるのですが、基本的な知識を身に着けてから読んだほうが、仕事をイメージしやすいと思います。

投資銀行青春白書

有名なライトノベルです。投資銀行部門の若手社員の(昔の)働き方が書かれた本です。どんな仕事かのイメージが全くわかない人は、こちらの本を読んでみるのが良いでしょう。2-3時間で読めると思います。

ちなみに、上で紹介した「コーポレートファイナンス 戦略と実践」と同じ著者です。

なぜ僕たちは金融街の人びとを嫌うのか?

リーマンショック期に金融機関で働いていた人たちにインタビューを行ったドキュメンタリー本です。ノンフィクションですので、どういう人たちが、どういう考えをもって働いていたのかをイメージしやすいと思います。

特に、これから金融業界への就職・転職を考えている方々にはおすすめです。

ゴールドマン・サックスM&A戦記

ゴールドマン・サックス証券の元社員が執筆した自伝のようなものです。M&Aの仕事に携わる人たちが、どのような価値観やプライドをもって働いているかが、垣間見えるのではないかと思います。

ただし、シニアワーク(ベテラン社員の仕事)がテーマである点には留意が必要です。新入社員の仕事は、ここに書かれているものとは全く異なります。もっと言えば、シニアワークの中でも、投資銀行が活躍した事例がピックアップされているのではないかと思います。シニアな社員であっても、一般的には、もっと作業的・事務的な仕事をしていることが多いと思われます。

成功する海外M&A 新10の法則

M&A案件の事例が書かれた本です。弁護士が書いておりますので、財務アドバイザーではなく法務アドバイザーから見たM&Aとなっています。

この手の本としては珍しく、失敗した事例なども取り上げられている点が好ましいです。ちょっとしたコミュニケーションのミスが重大な問題に発展することなど、実務家としても気を付けなければならない場面が描写されています。

事業承継とバイアウト

PEファンドによる事業承継の事例が解説された本です。シリーズで5-6冊あると思います。具体的な案件をもとに書かれているので、どういう企業が、どういう議論をして、どんな買収を行っているのかをざっくり把握することができます。

小規模なPEファンドの事例集ですので、大手の投資銀行が扱う案件とは全く異なります。前述の「ゴールドマン・サックスM&A戦記」と見比べていただくと、一流の投資銀行が扱う大型案件と、一般的なPEファンドが扱う小型案件の違いがイメージしやすくなると思います。

実務書(入門)

M&Aの知識と実務の勘所

実務未経験でもギリギリ読める実務書です。初めてM&A案件を担当する事業会社の社員が、アドバイザーを適切に活用するためにはどうしたらよいか?という観点で書かれています。決算資料などが問題なく読める程度の、会計・金融の知識は予備知識として求められています。

ただし、会計士と弁護士が執筆していることもあって、財務・法務的な論点に内容が偏っています。FAが担当する領域や、税理士が担当する領域については、限定的な内容しか書かれておりません。この点に留意すれば、読みやすい書籍だと思います。

M&A実務のすべて

初心者向けの定番の実務書ですが、未経験者が読むハードルはやや高いです。それほど簡単な内容ではありません。ただし、未経験でもギリギリ読めるラインの本だと思います。

実務未経験者の場合、「M&A案件=価値算定をして交渉をするもの」といった、単純化されすぎたイメージを持っていることが珍しくありません。ただし、この本や1つ下の「M&Aの契約実務」を読んでいただくと、M&AにおけるToDoは非常に広範であり、一言では説明できないということが分かるのではないかと思います。

M&Aの契約実務

実際に仕事をはじめると、本で勉強する領域は法務・税務に偏っていきます。プロジェクトマネジメントやバリュエーションなどについては、本で学ぶことが難しいためです。

M&Aの仕事は契約書にはじまって契約書に終わると言われるほど、さまざまな契約書が登場します。一般的には、「契約書の作成=弁護士の仕事」と思われがちですが、M&A案件では、財務アドバイザーも事業会社も、みんなが契約書の作成に動員されます。その観点では、契約書に焦点を当てたこのような本を読む意義は大きいです。

買収ファイナンスの法務

「買収ファイナンスの法務」というタイトルではありますが、資金調達の手続き全般について書かれている本です。

仕事をしはじめると、こうった法務論点を確認しないといけない場面は多いのですが、実務未経験の場合、このような本を読んでも何を言っているのかわからない可能性は高いと思います。

起業のエクイティ・ファイナンス

スタートアップ領域で資金調達や買収にかかわる場合は、こちらの本を読んでおくのがおすすめです。タイトルを見ると起業家向けに見えますが、どちらかというと金融業向けです。

また、資金調達だけではなく、ベンチャー企業の買収を行う際にも、頻繁に論点となる内容が書かれています。

実務書(実務)

実務においては、本を読んで解決できることは非常に限定的です。複雑な論点については、専門家(弁護士・会計士・税理士など)に相談し、過去の事例を確認したり、場合によっては当局に問い合わせたりしながら、物事を判断していきます。

したがって、本を読んで勉強しようという発想が、あまり適切ではありません。とにかく実務を経験するしかないと思います。ここまで説明してもなお、「何か本を紹介してくれ」と聞かれることが多いので、実務家が手元に置いていることの多い本をいくつか紹介します。通読するための本というよりは、専門家に相談する前の下調べに使う本という意味合いが強いです。

適時開示ハンドブック

実務者必携の東証のガイドラインです。

会社情報適時開示ガイドブック | 日本取引所グループ (jpx.co.jp)

M&A法大全

M&Aに関する規制が割と網羅的に書かれている本です。

公開買付けの理論と実務

公開買付を含む案件にかかわるときに参照する本です。

まとめ

書籍のみで学習ができるのは、スタートラインに立つための基礎知識(≒基礎的な企業金融の知識)が中心であり、そこから先は、実務経験を積みながら勉強するしかありません。

そして、スタートラインに立つための知識については、1か月くらいでさっさと終えてしまうのがおすすめです。そのため、どの本を読むべきかで何日も悩むのは非効率的だと思います。手元にある本をとりあえず読んで、そのあとは仕事に向かいましょう。直近で取り組める案件がない場合は、自分で財務モデルを組んでみたり、意向表明書のドラフトをしてみたりするとよいと思います。

それ以降は、焦ってもどうせ1年や2年では勉強し終わらないので、仕事を経験しながら、じっくり気が向いたときに情報収集をすればよいと思います。