リスクフリー・レートに10年国債利回りを使うのは正しいのか
株主資本コストの推計方法とCAPMの位置づけ
前提として、CAPMというのはあくまで株主資本コストを推計するための主要な手法の1つであって、絶対的な理論ではありません。古いデータですが、確か証券アナリスト協会かどこかが調べたデータでは、CAPMを使っている投資家は全体70%くらいではなかったかと思います。
LBOモデルなどをイメージするとわかりやすいと思いますが、そもそも投資にはハードルレート(期待されるリターン)があり、それを上回るかどうかというのが評価者にとって重要なわけです。
ある人は 年率5%稼げれば十分だと考えていますが、ある人は年率20%くらい稼ぎたいと思っているわけです。
株式市場において、さまざまな投資家が期待するリターンの中央値的な何かがCAPMによる推計であるというだけです。
リスクフリー・レートに何を使うか
CAPMにおけるリスクフリー・レートの選び方について
CAPMにおけるリスクフリー・レートは、(1)不確実性ゼロで(2)長期的に得られる(3)リターンのことです。
もう少し正確に言えば、このようなものの中で、最も高い利回りのものといってもよいでしょう。普通預金の金利と定期預金の金利のどちらかから選べと言われたら、定期預金の金利ほうがリスクフリー・レートにふさわしいと思います。
したがって、考え方としてはこれに当てはまる数値を選べればなんでもよいといえます。
10年国債利回りがなぜ使われるのか
要するに、10年国債利回りが不確実性ゼロで長期的に得られるリターンだから使われます。
外国債だと、為替のリスクが生じるのでリスクフリーとは言えません。30年国債だと、流動性のリスクがあるのでリスクフリーとはいません。もっとも、日本の場合、30年くらいの時間軸で考えると破綻するリスクもなくはないです。トヨタがデフォルトするとは思えませんが、やはりトヨタの社債利回りをリスクフリー・レートに使うのは違和感があります。
こうやって考えていくと、10年国債利回りが結局のところ一番妥当だといえるというわけです。
実務上は、30年国債利回りなどを使うこともあります。米国債や日本国債なら流動性や信用性も十分だということらしいです。
将来の国債利回りは現在の水準と一致するのか
また、将来の割引率を計算するにあたって、現在の国債利回りを使うのが妥当なのかという論点もあります。
理屈としては将来のリスクフリー・レートを考えなければなりませんが、じゃあ将来の国債利回りを予想できるのかというと予想はできないわけです。
これについては神学論争みたいなものなのですが、どうせ予想できないなら現在の水準でいいじゃないかという考えが主流なのではないかと思います。
そのため、妥協とご都合主義の産物として、リスクフリー・レートは足元の10年国債利回りを使うという慣習になっています。
企業価値評価では、慣習に従うのも大切である
ただし、忘れてはならないのは慣習に従うのもまた重要であるということです。
株価というのはある意味で合議制で決まっていますから、市場全体が正しいと判断していることは、基本的には正しいわけです。
もちろん、バブルのように市場全体が間違った方向に進むこともあるのですが、こういった基礎理論のような部分は揺るがないと思います。
このように、バリュエーションにおいては、純粋理論と実務観衆のバランスや一般論と個人の価値観のバランスを、うまくとっていくのが重要なのではないかと思います。
このようなバランス感覚は、企業金融の難しくも面白い部分だと思います。